🌀ぐるぐるねこ男ブログ🌀

ぐるぐるねこと一緒に暮らしている男の雑記ブログです。週2回(月・木)更新中🎵

「読書感想文」には「課題図書」という利権が絡んでいる

ぐるぐるねこ男

 

いよいよ子供たちは夏休みに突入しました。一ヶ月以上の長い休暇のため、学校から大量の宿題が出されていると思います。夏休みの初日からきちんと宿題に取りかかっているような子供は、おそらく10人に一人くらいではないでしょうか?僕自身、夏休みの宿題を全力できちんとやり抜いたのは、高校三年生の夏休みくらいしか思い出すことができません。僕が通っていた公立高校は、東大や国立大の医学部に現役合格するような飛び抜けてできる生徒は数えるほどしかいませんでしたが、国立大学(もちろんピンからキリまでありますが…)の合格率だけはトップクラスの高校でした。

 

夏休みに入ったその日から前期の補講が始まり、お盆のあたりに一週間くらいの本当の意味での”夏休み”があって、そして8月31日の夏休み最終日まで後期の補講が毎日のようにありました。補講とは名ばかりで、毎日7時間、普通の授業がどんどん進行していました。高校三年生になったら大学受験用の勉強をしなければならないため、少しでもカリキュラムをこなすという目的で、夏休みなんてホントあってないようなものでした。にも関わらず夏休みの宿題たるものは、今思い出してもアホほど出されていて、補講の勉強の合間に全力でやっても終わらないくらいのすごい量だったという記憶が残っています。

 

 

 

高校生時代は勉強と部活動と通学時間(自転車で片道1時間)で一日のほとんどの時間を費やしていました。なので友達と遊んだ記憶もほとんどなく、ましてや彼女なんて作る暇もありませんでした。あれだけ忙しいと「彼女が欲しい」なんていう気持ちすら湧いてきませんでした。以前の記事「人生で一番のモテ期」でも紹介したことがありますが、中学生の頃は同級生の女の子から告白されることも多かったのですが、高校時代は一度もそのようなことはありませんでした。学校全体が忙しかったので、僕だけでなく他のみんなも”そんな気分”になることができなかったのだと思います。なので異性を意識したことなんてほとんどありませんでした。

 

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それに比べると、うちの子供が通っている田舎の公立高校は「ゆとり教育ってまだ続いているのか?」と思ってしまうくらいの緩い夏休みのようです。一応普通科なのですが、半日の補講が6回あるだけで、あとは完全に夏休みらしいです。宿題もペラっペラの問題集が3冊くらいで、読書感想文だの人権作文だの、どうでもいいような宿題のおまけ付きです。僕は文章を書くことを否定する訳ではありませんが、書いた文章を国語の先生が添削してくれる訳でもなく、書いたら書きっぱなしの作文を学校単位でコンクールにポーンと応募して「はい、終わり」ってのもなんだかなあ…って思ってしまうのです。

 

今の時代、ChatGPTのようなAIに作文を書かせるような生徒も出てくると思うし、大学受験勉強に関係ないものと割り切って、父親や母親が代わりに作文を書いているような家庭もあると思います。ちなみに我が家では小学生の頃から書いてきた読書感想文や人権作文をきちんとパソコンにストックしておいて、夏休みが来れば毎年少しずつその文章を書き直して、進化させたものを提出するようにしています。頑張って書いても添削すらされないのであれば、過去の自分の文章を読んで、今の自分に合ったレベルの文章に書き換えていく方が勉強になると思うし、作文にかける時間も大幅に短縮できます。そして何よりも、読書感想文や人権作文のコンクールなんてものは、応募したい人だけ応募すればいいんじゃないか?って、個人的には思っています。作文を書かせる方(学校の先生)のやる気も感じられないものに対して嫌々取り組むくらいなら、他の勉強に時間を使う方がよっぽどいいんじゃないかなあって思ってしまいます。

 

 

 

もし子供たちの作文の力を本気でつけたいのであれば、僕だったら「学校の作文ブログ」みたいなものを立ち上げて、そのサイトにオンラインで投稿するような宿題を出してみたいです。夏休み中にメールで送られてきた生徒の作文を、教師である僕が自宅のPCでサクッと添削し、きちんとした文章になった段階で「学校の作文ブログ」に匿名でアップロードします。「日記」とか「おすすめの本」とか「旅行」みたいなカテゴリーを作って、生徒たちの作文をどんどんアップロードしていきます。読書感想文や人権作文の”例”を求めて、作文の宿題に困っている学生からもある程度のアクセスが見込めそうです。そしてGoogleアドセンスを貼り、広告収入がある程度貯まったら、そのお金を投稿した生徒数(もちろん投稿した作文の数も考慮)で割り算し、お小遣いをゲットできるという仕組みを作ってみても面白いと思います。

 

そうなってくると自分でブログを始めようかなあという学生も出てくるかもしれないし、プログラミングの勉強を始めるきっかけになるかもしれません。要するに、フィードバックや得るもの(お金)があれば、読書感想文や人権作文のような宿題に対しても、能動的かつ積極的に取り組んでもらえるような工夫の余地はあるってことです。こんな時代だからこそ、今まで完全に思考停止で脈々と続けれらてきた読書感想文や人権作文のような面倒臭い宿題も”もう一工夫”くらい欲しいものです。でも実際のところは、例えば「読書感想文」には「課題図書」というような”利権”が絡んでいたりもするので、それはそういうものとして、やっぱり我慢してこなすしかないんでしょうね…。学生の皆さん、頑張ってください!

 

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それではまた^ ^