🌀ぐるぐるねこ男ブログ🌀

ぐるぐるねこと一緒に暮らしている男の雑記ブログです。週2回(月・木)更新中🎵

”超”金持ちドクターからの糞メール

ぐるぐるねこ男

大学院生をしていた時の話です。僕は日々の生活費を稼ぐために、先輩医師が開業した医院で外来診療のアルバイトを週一回していました。その先輩医師は私立医大出身のいわゆるボンボンで、40歳の時に勤務医を続けることがアホらしくなったということで(親のお金で)医院を開業したと聞いています。自宅に一度招待されたことがありますが、今までに見たことがないくらいの豪邸でした。

 

広大な敷地の平家の邸宅で、草野球ができそうなくらい広い全面芝生の中庭、そしてそこには丸々と太った錦鯉が何匹も泳いでいる池がありました。一番度肝を抜かれたのは書斎です。壁一面が水槽になっていて、そこにはアロワナがまさに魚群を成して泳いでいました。その水槽の向こうはガレージが透けて見えていて、そこには一台数千万円の外車が何台も並んでいたのです。お金を出すだけでは買えない車もあるんだと言っていました。

 

その先輩医師の医院でアルバイトをしていると、なぜそこまでの巨大な資産を築くことができたのかが少しずつわかって来ました。それは外来患者さんからのいわゆる”搾取”のおかげです。初めて医院を受診した患者さんにはありとあらゆる検査を強制的に受けさせていました。「ちょっとしんどいです…」レベルの軽症の患者さんにまず血液検査、心電図、MRIなど全ての検査を受けさせます。そしてロクに診察もせずに点滴、大量の投薬、意味不明のリハビリを強制的に受けさせます。これだけで一人数万円の診療報酬になります。

 

翌日からその患者さんを「診察のため」という大義名分のもと、毎日通院をさせます。そして何らかの病名(腰痛など)が適当につけられた後は、リハビリ通院患者として飼われることになります。リハビリ通院患者になってしまうと、その患者さんは直接医師の診察を受けることがほぼ皆無になります。外来診療をしているとリハビリ通院患者さんのカルテの山が小窓からドン!っと渡され、その大量のカルテに「リハビリ」と記載するだけでチャリーンとお金が入る仕組みを作り上げていたのです。

 

***

そんなある日、僕は大学院生としての生活(雑用→バイト→雑用→バイト→繰り返し)に嫌気がさして、大学院を辞めることにしました。その医院の先生にも今後アルバイトを続けることはできないという旨を伝えました。アルバイトの最終日には先生にきちんとお礼を言って、スタッフの皆さんへもお菓子の詰め合わせを渡し、僕のアルバイト生活に終止符を打ったのです。そしてその日の深夜、その先生から以下の内容の恐ろしいメールが届いたのでした。

 

医者は貧乏していたらロクなことをしない。自分の生活が裕福でしっかりしていないと、弱い立場の人間や病人、生活レベルの低い患者をちゃんと診れない。

また医者という職業は社長職と違って、民衆と直接接することで自分自身を民衆レベルに下げ、そこであらためてモノを見ることができるからいい。

自分に自信があるんだったら、すなわち何とかなるなあって見込みがあるんだったらやってみたら?

ゴールを作るのはいいけど、そのゴールで達成感や満足感を得るのではなく、ずっと遠い先にゴールを作り続けたから今の自分がある。

 

僕はこのメールを読んで身震いを覚えました…。たとえ自分が裕福じゃなくても病気の人をきちんと診てあげることは、医師として当然の義務です。すごく気になるのが「民衆レベル」という表現で、どこかの国の王族しか使わないようなレベルの言葉を普通に使える感覚の人間になってしまっています。仕事量に見合わない安月給で、昼夜関係なく働き続けている先生もいれば、さっさと医院を開業して王族レベルまで自分を高めてしまう先生もいるんですね…。

 

医師になったばかりの頃は、製薬会社さんからボールペンをもらうだけでも嬉しかったはずなのに「先生、先生、先生様〜」と毎日のように崇められ、いろんな業者から高級料亭などの接待を受け続けた結果、自分が偉くなったと勘違いしてしまうのだと思います。まさにリアル”裸の王様”状態ですが、自分が大きな勘違いをしながら生きているということについて、誰も注意や指摘をしてくれなくなるのって本当に惨めですよね…。

 

このメールを反面教師とするために、スマホのメモにいつも保存しています。開業してお金儲けに走っているお医者さんの中には、こんな人間もいるんだってことを知っておいてほしいです。(金儲けのためのカモにされないようにご注意ください)

 

ぐるぐるねこ男

 

*****

<本日のブッダの言葉>

第11章「老いること」より

何の笑いがあろうか。何の歓びがあろうか?ーー世間は常に燃え立っているのにーー。汝らは暗黒に覆われている。どうして燈明を求めないのか?

『ブッダの真理のことば 感興のことば』中村 元 訳より

f:id:guru2-neko-otoko:20220227110408j:plain

それではまた^ ^