中学生の子供が期末テスト期間に入っています。提出しなければならない学校の課題や9教科分のテスト勉強、そして塾の宿題などいろんな問題が山積みとなっているようです。「やることが多すぎてどれから手をつけていいかわからない…」と子供はぼやいていますが、山積みになっている目の前のものを「問題」と捉えてしまうと、心がしんどくなるばかりです。なので僕は次のようにアドバイスをしました。
「それは”問題”ではなくて、目の前の単なる”事実”なんだよ」と。
目の前にある山積みの「事実」がいきなり襲ってくるわけではありません。「事実」として目の前に存在するだけで、それが「問題」となって自分の今の生活や将来をめちゃくちゃにするわけではありません。ただ単にそこに存在するだけのものなのです。
なのでそれらを「解決しなければならない問題」ではなくて「単なる目の前の事実」として認識し、冷静になって一つずつ順番に片付けていけばいいだけの話なんです。目の前の「事実」を完璧に片付けることができなくても、特に危害が及ぶわけではありません。淡々とこなしていくだけなんだってことを伝えました。
「解決しなければならない問題」と「単なる目の前の事実」の違いという話なのですが、僕の子供は分かったようで分からないような顔をしていました。これから大きくなって成人し、社会に出た時に今日の話が少しでも役に立ってくれるといいなあって思っています。
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<本日のブッダの言葉>
百年のあいだ、林の中で祭祀の火につかえる人がいて、またその人が自己を修養した人を一瞬間でも供養するならば、その供養することのほうが、百年祭祀を営むよりもすぐれている。
『ブッダの真理のことば 感興のことば』中村 元 訳より
それではまた^ ^