
僕は今でも紙の新聞を購読している。インターネットの記事から一周遅れくらいの記事ばかりであるが、それでもやはり紙の新聞をめくりながら、いろんな情報を一覧できるという点では新聞に勝るものはないと思う。一番楽しみにしているのは新刊の広告欄だ。最近どんな本が出版されていて、どれくらい売れていて、世間でどのような評価を受けているのかという情報を手っ取り早く得ることができる。つい先日、ある本の広告が目に止まった。それは『老後に楽しみをとっておくバカ』(和田秀樹・著)という新書だ。
和田秀樹先生は精神科の医師であり、今までにもいろんな本を書いてきている。実は和田秀樹先生と同じ学校(すなわち灘高)に、同時期に通学していた知人が一人いる。在学時代、「和田は変わり者だ」と言われていたようだ。他にも灘高出身の医師を何人か知っているが、一見普通の人と変わりなくて「こいつめちゃ賢いなあ」という印象は受けたことがない。でも基本的には我々凡人と異なった脳の構造をしているのは間違いない。小学生の頃にすでに高校の勉強をしていたやつもいたし、学校の休憩時間にフランス語の『星の王子さま』を読んでいるやつもいたと、灘高出身の同業者から聞いている。

さて、本の話に戻るが、表紙に和田秀樹先生の写真が載っていて、先生からのセリフとして「いま、やらない人は”一生やらない”」という吹き出しがついていた。本当にその通りだと率直に思った。そしてこの一文を読んだ瞬間、昔のことを思い出した。それは僕が高校生の時に”数学的帰納法”を授業で習った時の話であるが、「なるほど!」と妙に腑に落ちたのである。僕はその数学的帰納法を習った日の放課後、クラスのみんなが帰った後を見計らって黒板に以下のことを衝動的に書きなぐった。そして誰にも見つからないよう、逃げるように教室を後にした。
n=1 今日勉強しない
n=k ある日、勉強しない
n=k+1 ある日の次の日も勉強しない
この人は、どの日も勉強しないことになる
今思えばなんとも幼稚な内容であり、厳密には数学的帰納法とかけ離れたものだ。しかし大学受験の勉強をしていた僕にとって、数学的帰納法を知ったことは、雷に打たれるような経験だった。要するに「今日勉強しない人は、ずっと勉強しない」すなわち「今日、この瞬間から勉強することが、今後の勉強にすべて繋がっていく」ということに気がついたのだ。これはちょっとした”悟りの境地”に近い経験かもしれない。翌日、朝のホームルームでこの板書を見た担任の先生(数学担当)は、
「おい、お前らぁ!誰が書いたか知らんがこの通りだ。今日勉強しないやつは明日も勉強せん。ええこと書いてるな!これ書いたの誰だぁ?」と言って笑っていた。もちろん僕は自分が書いたと明かすことはなく、この板書は謎の板書として扱われたのだ。
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いずれにしても「いま、やらない人は”一生やらない”」というのは一つの真理だと思う。やる人はこの瞬間からでもすぐに始めるし、やらない人は口で言っているだけで一生やらないということはよく見かける。それなら僕自身が今一番やりたいことは何だろう?と考えてみたところ、それは自転車かもしれない。大学生の頃、親友と一緒に自転車で北海道を旅したことがある。大人になったら自転車でいろんなところを走って旅してみたいと思っていたことを、今日この瞬間まで忘れていた。この連休(ちなみに5連休)を利用して、まずは都会の自転車屋に行ってみようと思う。
ちなみに、和田秀樹先生の本で一番おすすめです↓


それではまた^ ^
