🌀ぐるぐるねこ男ブログ🌀

ぐるぐるねこと一緒に暮らしている男の雑記ブログです(月・木曜日に更新)

電車の中で出会ったワンピースの女性の話

ぐるぐるねこ男

 

大学生の頃の不思議な思い出話をします。僕は地元の大学の医学部まで毎日電車で通っていました。大学キャンパスまで電車で片道30分くらいだったので、朝は比較的ゆっくりしていました。毎朝目が覚めたらトレーニングウェアに着替えて家の近所を30分ほどジョギングしていました。それからシャワーを浴びて、母の作った味噌汁で朝食を済まし、家から徒歩3分くらいの無人駅から電車に乗っていました。

 

近所の学習塾で塾講師のアルバイトをしていたので、電車の中には僕の教え子(女子高生)が何人も乗っていました。僕が電車に乗り込む時に、ひとつ前の駅から乗って来る女子高生のグループが「せんせぇ、おはようございまーす」と笑顔で挨拶してくれます。最初の頃は通勤中のサラリーマンたちには怪訝な顔をされていましたが、女子高生たちとの挨拶が習慣化し始めると徐々に興味を示さなくなってくれました。進学校に通う長めのスカートの教え子は、少し遠くの距離から僕と目線を合わせると、恥ずかしそうにニコッとして頭を下げてくれましたが、元気の良い女子校に通う教え子たち(もちろん短めのスカートでほんのり茶髪、そして懐かしのルーズソックス)は、僕に近寄ってきて「せんせぇ、宿題教えてくださーい」と、一つも手をつけてない数学の問題集をおもむろに開き、30分の電車の時間を有意義(?)に過ごすことがよくありました。

 

大学2年生までの教養課程はそれでよかったのですが、医学部の専門課程に入るとさすがに少し忙しくなってきました。特に試験前は膨大な量の知識を翌日までに無理矢理でも頭に詰め込まなけれならなかったので、行き帰りの電車の時間は自分の勉強時間に当てる必要がありました。しかし朝の電車の中では相変わらず学習塾の延長でした。可愛い教え子達(もちろん、恋愛関係には発展しませんでした)が数学の問題集を持って僕にまぶりついて来るので、仕方なく三角関数や微分・積分の問題の解き方を教えてあげていました。

 

さすがに帰りの電車は彼女達と一緒になることはなかったので、二人掛けの座席に悠々と座り、隣の席にカバンを置いてから医学書を黙々と読み続けていました。その医学書がどんな内容かというと、頭やお腹をパックリ開いた解剖図や寄生虫の写真、手術手技や法医学、外傷手術やミトコンドリアなどなど、他の乗客の人が確実に不快感を感じる内容ばかりだったので、できるだけ車両の連結に近い二人掛けの座席で、後ろから見られにくい窓際の席を陣取るようにしていました。僕がいつも使っていたのはローカルの快速電車で比較的乗客が少なかったので、僕は自分専用の席でいつも集中して医学書を読み耽っていたのです。

 

***

そんなある日のことでした。その日は駅で電車を待っている人が多くて、いつもの席に座れるかどうか微妙な感じでした。僕はたまたま一番前で電車の到着を待っていたので、いつも通りに電車の連結に一番近い二人掛けの窓際の席に座ることができました。さすがにお客さんが多そうだったので、自分のカバンは膝の上に置き、通路側の席を空けておくことにしたのです。

 

座席に座って一息つき、カバンから翌日試験がある小児科の教科書を取り出しました。そして後からドタドタと多くの乗客が乗り込んできました。僕の隣には誰も座らずに、我先にといった感じで前方に向かって人の波が流れていきました。僕は一秒でも無駄にしたくなかったので、なりふり構わず小児科の教科書を開いてテスト範囲の「小児がん」のところを読み始めました。しばらくして乗り込んでくる人の流れが穏やかになりました。もしかしたら僕の隣には誰も座ってこないかも?と思っていましたが、最後の方で小さなスーツケースを引っ張ってきた若くて綺麗な女性が「ここ空いてますか?」と言って、僕の隣の通路側の席に座ってきたのでした。

 

その女性はすらっとした細身で、丈の短い清楚なワンピースを着ていました。年齢は大学生の僕と同じくらいの印象を受けました。髪の毛は二つにくくっていて、目は二重で可愛いらしい雰囲気の女性でした。荷物は小さなスーツケースだけだったので、一泊二日の小旅行か、それとも実家にちょっとだけ里帰りするだけなのか、そんなことを想像してしまいました。僕の視界の外の方に入ってくる彼女の白い脚は、とても細くて綺麗でした。短めのワンピースから伸びるその綺麗な脚をピタッと閉じ、両手は軽く握って太ももの上に丁寧に置かれていました。もちろんジロジロと見とれるわけには行かないので、できるだけ自分の勉強に集中しながらも、視野のギリギリに映ってくるその女性の綺麗な脚にも意識を奪わ続けました。そして、そうこうしているうちに電車が発車しました。

 

 

 

***

その日の夜は塾講師のアルバイトもあったので、できるだけ電車の中で試験勉強を進めなければなりませんでした。彼女の美脚への邪念(?)を払いつつ、小児科の教科書に集中しました。電車が走り出して10分くらいした頃に、線路が少し左右にカーブしていて揺れるところに差し掛かりました。流石にその時点では勉強に集中していましたが、ふと僕の脚に通路側から動いてきた何かがコトンっとぶつかってきました。ハッ!と驚いてそのぶつかってきた物を見てみたら、隣に座っている彼女のスーツケースでした。電車の横揺れで僕の方にゴロゴロと転がってきたスーツケースが僕の足にぶつかったのでした。するとその女性は「あ、すみません!」と言って、僕の脚にピタッと寄り添っているスーツケースを自分の足元にゴロゴロと戻しました。僕は「あ、いや、大丈夫ですよ」そんなに謝らなくてもいいですってお伝えしたところ、彼女は僕のことを確認するような眼差しで「お医者さんの勉強されているんですか?」とおもむろに尋ねてきたのでした。

 

初めて会った人、ましてや初対面の女性と気軽に話をする機会なんてありませんでしたが、その髪の毛を二つにくくった二重の可愛い女性には「はて、この女性、以前どこかで会ったことがあるかも」という印象を受けたのでした。彼女の方から「あなたと会うのは初めてではないです」というオーラを感じました。僕は「あ、そ、そうなんです!明日、試験があるので勉強してるんです」と、しどろもどろに答えました。「お邪魔してすみません!勉強頑張ってくださいね」と言って、彼女は座ってきた時の姿勢に戻ってしまいました。そして少し恥ずかしそうな表情をして、前の席の背もたれの方をじっと見つめていました。僕も初対面の女性とそれ以上話をすることもできなかったので、すぐに小児科の教科書に戻ることにしました。

 

***

それから何もなくさらに10分ほど電車は走りました。車内のアナウンスが次の停車駅を告げました。僕はもう10分ほど電車に乗らなければなりませんでしたが、隣のワンピースの可愛い女性は次の駅で降りる準備をし始めました。彼女のスーツケースが僕の脚に当たり、少しだけ会話をしただけの女性でしたが、なんだかここでお別れするのも寂しいなあ…と思ってしまいました。そしていよいよ電車が停車するという時に彼女はスッと立ち上がり、小さなスーツケースと共に通路へ出てしまいました。

 

たまたま隣の席に座った女性でしたが、僕はとても名残惜しくなり、彼女が電車を出る前にもう一度だけその姿を見たくなりました。僕は思い切って通路に立っている彼女の方へと視線を挙げてみました。すると驚くことに、彼女は僕の方をじっと見ていたのです。髪の毛を二つにくくり、目が二重で可愛らしい顔をした彼女は、ニコニコしながら僕を見て最後にこう言ったのでした。

 

「せんせい、また遊んでくださいね」

 

その一言を僕に残し、電車が停車したと同時に彼女は足早にプラットフォームの方へ出て行きました。呆然とした僕は窓から見える彼女の後ろ姿を見つめ続けました。スーツケースをゴロゴロを引っ張りながら、彼女は少しずつ歩くスピードを上げていました。そして一度も僕の方を振り返ることなく駅のホームのどこかへと消えていってしまったのです。僕は彼女の言葉を頭の中で反芻しました。「また遊んでくださいね」ってどういうことなんだろう?彼女とは一度も会ったことが無いはずだし、それまでの人生で女性と遊んだことなんて一度もありませんでした。でも、その不思議な経験から何年か経ったある日、僕はその彼女の言葉の意味を知ることになったのです。

 

➡︎ この話の「続き」はこちらです

 

ぐるぐるねこ男

それではまた^ ^