どんな病院でも、舞台裏では様々ないざこざが起こっている。大学病院のような巨大な病院でも、田舎にある小さな診療所でも、患者さんからは見えないところで争いが毎日のように勃発しているのである。
先日、僕が勤めている病院の整形外科のN先生が突然転勤になった。突然とは言っても一ヶ月くらい前から決まっていたことなのだが、あくまでも「私的な理由」での転勤であった。整形外科医はそのN先生一人しかいなかったので、手術まではしていなかったが、外来には腰痛や膝関節痛など多くの患者さんを抱えていた。そしてN先生がいなくなると、必然的にその整形外科の患者さんたちを誰が診るんだ?という問題が浮上してくる。
N先生は他の先生たちに嫌われていた。無神経でだらしなくて、話の内容にデリカシーが無く(俗に言うセクハラ発言など)、特に内科の先生たちには距離を置かれていた。僕は同じ外科系の人間なので、昔やってた手術の話などある程度会話をしていたが、一緒にお酒を飲みに行くほどの仲ではもちろんなかった。N先生が転勤することが分かり、整形外科の患者さんをどういうふうに割り振るのかな?と気にはなっていた。
後任の先生がいないため、近隣の整形外科に紹介したりしているという話を受付の人から聞いた。さすがにそこは責任を持ってやってんだなあって、ちょっと見直した。しかし、事件はN先生が去った後に起こった。近隣の整形外科に紹介されていると言われていた患者さんのほとんどが、実は行く先も決まらず放ったらかしにされていたということが発覚したのである。そしてN先生が転勤したいうことを知らされていない患者さんもかなりいたのである。
とは言っても手術もできないような田舎の病院なので、残された患者さんの中身を見てみると、鎮痛剤や湿布を処方されているだけの患者さんばかりであった。突然行き場を失った整形外科の患者さんたち、しかし鎮痛剤や湿布を今までと同じように処方するだけで大丈夫な患者さんばかり、だったら整形外科医じゃ無くても処方できるし、現に僕もその手の(あっちが痛い、こっちが痛いと言う)患者さんなんて、毎日普通に診療しているのが現状だ。
田舎の病院なんて「専門」があってないようなもので、外科系の医者が血圧の薬や便秘の薬、風邪薬を処方するなんて日常茶飯事である。なので僕はN先生の残した(放置した…)整形外科の患者さんの診療を自主的に引き継いだのである。
しかし、N先生のことが大嫌いだった内科の先生達は「は?なんでオレらが整形外科の薬を処方せなあかんの?オレらは内科だ。知らねーよ、そんな整形外科の患者なんて」みたいなことを平気で言う。内科と整形外科を同じ日に合わせて通院していた患者さんたちが一番悲惨な目に遭っている。そして受付の人は両者に板挟みになって更に悲惨な状態である。
患者さんからは「湿布くらい出してもらえないんですか?」って涙目になって訴えられるし、その旨を伝えても内科の先生からは「整形の患者なんて絶対に診ないから、帰らしてくれ」と突っぱねるのである。いやはや何とも人間の器が小さいと言うか、聞いていて呆れてしまった。結局その整形外科の患者さん達は、自分でどこかの整形外科を探して、鎮痛剤や湿布を処方してもらわなければならなくなった。そしてその悲劇はしばらく続くはずである。
医者が転勤になるという時は、必ずこのような問題が勃発する。これは病院に限らず、どんな職場でも起こる引き継ぎ問題なのかもしれない。まあでもお客さんあっての商売なので、自分の感情や都合を優先するのでなく、お客さんを中心に考えなければならないし、ましてや鎮痛剤や湿布を処方するだけの患者さんなんだから、そこはもっと優しくならないと本当にカッコ悪い。
いい歳こいた大人の医者が、毎日のように子供の口喧嘩みたいなことをしている。それを言うなら、アメリカの大統領選挙だって子供の口喧嘩みたいだし、ロシアとウクライナの戦争だって、宗教戦争だって、世界中の紛争もほんと不毛だなあって呆れてしまう日々である。揺り籠から墓場まで、人間ってずっと喧嘩し続ける生き物なんでしょうね。いるかいないかもわからないけど、神様ってホント残酷だな。
それではまた^ ^