🌀ぐるぐるねこ男ブログ🌀

ぐるぐるねこと一緒に暮らしている男(医師)のゆる〜い日記

貧乏だけど幸せだった子供時代

ぐるぐるねこ男

 

通勤していると、近所の小学生たちが楽しそうに学校に行く姿を見かけました。旗を持ったお母さんたちに見守られながら、笑顔で横断歩道を足速にわたっていました。そんな姿を眺めていると、自分の小学生の頃のことを思い出してしまいました。僕の家は貧乏でした。あまり自覚はなかったのですが、生活水準や両親の会話、そして近所の人たちの視線を思い出してみると、やっぱり貧乏だったと思います。でも僕は特に何も困ることのない幸せな子供時代を送っていました。

 

僕たち家族は池のほとりの狭い借家に住んでいました。朝はいつも母親が作った味噌汁の香りで目を覚ましていました。具がキャベツだけの時もありましたが、味噌汁の香りは僕にとって一日の始まりでした。父は工事現場で働いていたので、毎朝5時には車で遠方に出勤していました。テレビを観るのも特に時間制限はなかったので、ズームイン朝を時間いっぱいまで観てました。

 

小学校は大好きでした。学校の授業はとても興味深く聞いていた記憶があります。両親から「勉強しなさい」と言われたことは一度もありませんでした。宿題もなんとなくやっていました。テストで良い点を取ろうと思ったことなんて一度もなくて、返ってきたテストの点数を見て「まあこんなもんだろ」って子供ながら思っていました。良い点数を取った時だけ母親にテスト結果を見せていました。悪い点数のテストは捨てていたので、母親からは褒められたことしかありませんでした。

 

 

 

学校から帰るとランドセルを玄関に置いて、すぐに遊びに出かけていました。遊び場は近所の野山や池でした。近所の仲の良かった女の子と遊ぶことが多かったのですが、自分一人で遊ぶこともありました。自然が僕を育ててくれました。今思えばかなり危険な遊びもしていましたが、いい意味でほったらかしにしてくれていました。時計なんかなかったので、夕日の沈む頃に家に帰っていました。帰りが遅くなっても特に怒られることはありませんでした。宿題をしろとも言われませんでした。

 

夕食はご飯をめいいっぱい食べていました。おかず(特に肉)は少なかったので、魚の煮汁や焼き肉のタレなどをかけてご飯を何杯も食べていました。夏はずっとプロ野球のテレビ中継を観ながら夕食を食べていました。バラエティ番組や歌番組も観ていました。夕食の時は家族でずっとテレビを観ていました。一家団欒を絵に描いたような時間を過ごしていたと思います。夜寝る前に宿題をテキトーに終わらせていました。寝る時は日本昔話のカセットテープを聴きながら眠っていました。同じカセットテープを毎晩のように繰り返し聴き続けていました。

 

子供の頃にちゃんとした旅行なんて一度もしたことはありません。お盆と正月に家族でお墓参りに行くのが唯一の遠出でした。小さな車に家族でぎゅうぎゅう詰めで乗って、2時間くらいのドライブです。でもそのお墓参りが一番の楽しみでした。その日だけ特別に自動販売機でオロナミンCを買ってもらえたからです。貧乏だったけどすごく幸せな子供時代でした。楽しそうに通学する小学生たちを眺めていて、そんな思いに浸る朝でした。

 

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それではまた^ ^