🌀ぐるぐるねこ男ブログ🌀

ぐるぐるねこと一緒に暮らしている男(医師)の日記

僕がブログを書く一番の理由

ぐるぐるねこ男

僕がブログを書く一番の理由について考えてみたのですが、それは「人生は絶対に逆転できるんだ」ということを、世界のどこかで僕と同じような境遇で辛い思いをしている人に伝えたいからだと思います。

 

僕はとても貧乏な家に生まれました。僕の両親の実家も貧乏だったので、高校に進学することができず、父と母は中学校を卒業してからすぐに働き始めました。クラスで高校に進学しなかった同級生は一人もいなかったと言っていました。そんな両親なので、貧乏な生活で困ったというよりは、どうすれば勉強ができるようになるかということを教えてもらえなかったことが僕の一番の悩みだったかもしれません。特に母が発した言葉は今でも鮮明に覚えています。

 

「うちは借家の人間だから大人しくしとかないと」

「小学3年生になったらもう勉強を教えることができない」

「学校の先生なんて難しいから絶対になれない」

「高校受験に落ちたら働けばいいだけのこと」

「大学に行くなら親戚にお金を借りて自分で行って」

 

特に小学生の頃は、自分自身とても卑屈な気持ちで生きていたと記憶しています。靴下に穴が空いたら母が縫って直してくれましたが、同じ靴下を何回も縫って直していたので、ゴムが緩んだボロボロの靴下を履き続けていました。そして靴にも穴が空いていたので、雨の日は中がいつもぐちょぐちょに濡れて、すごく気持ち悪かったです。

 

お金が無くて給食費を遅れて払ったこともあります。すごく恥ずかしかったです。また体操服も一枚しかなかったので、名札の学年と組のところを何度も上書きした跡が残っているのも恥ずかしかったです。地区のゴミステーションで、他の家庭から出たゴミの中に何かいいものないかとゴミ漁りをしていたところを見られてしまい、友達からル◯ペンと呼ばれたこともありました。

 

自分の子供時代を振り返ってみて、いろんな意味で絶体絶命に近い環境だったと思います。おもちゃどころか本すら買ってもらえなかったし、そろばんや書道教室のような習い事や学習塾なんて、もちろん行かせてもらえるような状況ではありませんでした。週刊少年ジャンプも友達の家で読ませてもらっていました。この文章を書いているだけで、当時のことを鮮明に思い出してしまうので、ちょっと悲しい気持ちになってきます。

 

ぐるぐるねこ男

 

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でもそんな環境に生まれ育った僕でも”貧困の連鎖”を自力で断ち切ることができました。上司からひどいパワハラを受け、自殺者も出るようなブラック病院で働いたこともありますが、自力で脱出することができました。今では週休3日で年収1,600万円の悠々自適な生活を送ることができています。

 

このブログを通じて、人生というものはどんなひどい環境からでも逆転可能なロールプレイングゲームなんだということを伝えていきたいです。この広い世界でたった一人でもいいので、僕のブログで人生が変わったと喜んでくれる人がいたらいいなあという気持ちで、これからもブログを書き続けていこうと思います^ ^

 

ぐるぐるねこ男

 

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<本日のブッダの言葉>

汚れの無い人、清くて咎のない人をそこなう者がいるならば、そのわざわいは、かえってその浅はかな人に至る。風にさからって細かい塵を投げると、(その人にもどって来る)ように。

『ブッダの真理のことば 感興のことば』中村 元 訳より

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それではまた^ ^